労災上乗せ保険は、国の労災保険(政府労災)の給付に、会社が独自の補償を上乗せするための保険です。似た名前の「使用者賠償責任保険」は、会社が損害賠償を請求されたときに備えるもので、役割が違います。建設業では、下請の従業員や一人親方をどう扱うかも決めておく必要があります。
この記事のポイント
- 政府労災は手厚い制度ですが、休業の初日〜3日目や慰謝料などはカバーしません。
- 上乗せ(法定外補償)は「会社が決めた額を払う」、使用者賠償は「賠償責任を負ったときに払う」保険です。
- 保険料は、下請を含む就労人数や売上高などで決まる制度があります。
- 下請の社長や一人親方は、特別加入していないと政府労災の対象外です。
- 経審で加点を狙うなら、補償の範囲に要件があります。
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政府労災で足りない部分はどこか
政府労災は、仕事中や通勤中のけがや病気に対して、治療費・休業・障害・遺族などの給付を行う国の制度です。建設業では、元請がその現場で働く下請の労働者の分も含めて、労災保険料を納める仕組みになっています(請負事業の一括)。
ただし、政府労災だけでは埋まらない部分があります。代表的なものを整理します。
休業の初日から3日目まで
政府労災の休業補償は、休業4日目から支給されます。1日につき給付基礎日額(おおむね事故前の賃金の1日分)の60%と、休業特別支給金の20%です。最初の3日間は「待期期間」と呼ばれ、業務災害の場合は事業主が平均賃金の60%を休業補償として支払う義務があります。
給付の残りと慰謝料
休業中の給付は、合わせて賃金の8割程度が目安です。残りの部分は、政府労災からは出ません。また、精神的な苦痛に対する慰謝料は、労災保険の給付と「同じ理由による支払い」とはされておらず、労災保険からは支払われません。
会社が負う損害賠償
重い事故で、会社の安全管理に落ち度があったとされると、従業員や遺族から損害賠償を請求されることがあります。政府労災の給付を差し引いても、慰謝料などが残ります。保険会社のパンフレットには、1億円を超える賠償を命じた判決例(約1.1億〜約2億円)も紹介されています。
政府労災と上乗せの関係を表で整理
| 場面 | 政府労災 | 上乗せで考えたいこと |
|---|---|---|
| 休業1〜3日目 | 支給なし(業務災害は事業主が補償) | 会社が払う休業補償の原資 |
| 休業4日目以降 | 給付基礎日額の60%+特別支給金20% | 残りの部分の補てん(例:日額の20%) |
| 後遺障害 | 等級に応じた給付 | 会社からの障害補償金 |
| 死亡 | 遺族への給付 | 会社からの遺族補償金・弔慰金 |
| 慰謝料 | 支給なし | 使用者賠償で備える |
上乗せ(法定外補償)と使用者賠償の違い
「労災上乗せ保険」という言葉は、次の2つをまとめて指すことがよくあります。役割が違うので、分けて考えると整理しやすくなります。
| 項目 | 上乗せ補償(法定外補償) | 使用者賠償責任 |
|---|---|---|
| 何に備えるか | 会社が決めた見舞金・補償金の支払い | 会社が法律上の賠償責任を負う場合 |
| 支払われる条件 | 政府労災の給付が決まったことなど | 会社の責任が認められ、賠償額が決まること |
| 金額の決まり方 | 契約で決めた定額(例:死亡○千万円) | 判決や示談で決まった額(限度額まで) |
| 主な受取人 | 被災した本人や遺族(会社経由の場合も) | 賠償金として被災者側へ |
| 経審との関係 | 要件を満たせば法定外労災の加点対象になり得る | これ単体では加点の要件と別 |
上乗せ補償は、事故が起きたときに会社としてすぐ誠意を示すための資金です。使用者賠償は、訴訟などで大きな賠償を求められたときの備えです。実務では、両方をセットにした契約が多く見られます。
上乗せ補償で支払った額が、後の賠償額の計算でどう扱われるかは、事案ごとに異なります。個別のケースは弁護士にご相談ください。
保険料の目安:団体制度の実例
保険料は制度や保険会社によって計算方法が違います。ここでは、公開されている団体制度の料率を「例」として紹介します。御社の見積額を示すものではありません。
例:下請を含む就労人数で決まる制度
大手ゼネコンの協力会社向け団体制度(2026年版)では、下請を含む平均就労人数1人あたりで、年間保険料が決まっています。
| 補償の種類 | 補償額 | 1人あたり年間保険料(例) |
|---|---|---|
| 死亡・後遺障害 | 1,500万円 | 8,040円 |
| 死亡・後遺障害 | 2,000万円 | 9,360円 |
| 死亡・後遺障害 | 3,000万円 | 15,600円 |
| 死亡・後遺障害 | 4,000万円 | 22,560円 |
| 死亡・後遺障害 | 5,000万円 | 26,280円 |
| 休業補償 | 日額の20% | 20,760円 |
| 使用者賠償 | 1名1億円 | 7,440〜8,280円 |
試算:中小の建設会社の場合(推定)
上の単価をもとに、下請を含む平均就労人数が20〜60人の会社を想定して試算しました。死亡・障害3,000万円と使用者賠償1億円の組み合わせで、年間おおよそ50万〜140万円です。
これは大規模な団体制度の料率を当てはめた推定です。団体割引が入っているため、単独で契約する場合はもっと高くなる可能性があります。
例:売上高で決まる制度
商工会議所の制度の中には、直近の年間売上高(税込)を基準に保険料を計算するものもあります。使用者賠償の限度額を高く設定できる制度や、団体割引・損害率割引などを重ねて大きく割り引かれる制度もあります。計算の基準が違うと、同じ補償でも保険料が変わるため、見積を並べて比べることが大切です。
保険金額の決め方
補償額に決まった正解はありません。ここでは、決めるときの考え方を紹介します。
1. 発注者や元請の条件を確認する
公共工事では、法定外労災の付保を求められ、証券の提出を求める発注者があります。元請から条件を示されることもあります。まず、求められている補償額や範囲を確認します。
2. 経審の加点を狙うなら要件をそろえる
経審で15点を取るには、業務災害と通勤災害、下請の従業員、障害等級1〜7級をカバーする必要があります。補償額より先に、この範囲がそろっているかを確認します。詳しくは「法定外労災で経審15点を取る条件」の記事をご覧ください。
3. 社内の規程と合わせる
上乗せ補償は、会社の「災害補償規程」などで支給額を決めておき、その原資として保険を使う形が一般的です。規程の額と保険の額がずれていると、差額を会社が負担することになります。規程の作成や見直しは、社会保険労務士にご相談ください。
4. 使用者賠償の限度額は別に考える
使用者賠償は、判決例を踏まえて限度額を設定します。上乗せ補償の額とは考え方が違うため、別々に検討するのがおすすめです。
保険料は見積や原価でどう考えるか
令和6年の建設業法改正で、著しく低い労務費による見積りが禁止されました。国土交通省の事例集では、法定福利費の事業主負担分、安全衛生経費、建退共の掛金について、通常必要な額を確保すべきとされています。
一方で、労災上乗せ保険の保険料が、この「通常必要と認められる労務費」に含まれるかどうかは、今回確認した資料では明記されていませんでした。見積への載せ方は、取引先との協議や公共工事の積算基準などを踏まえて判断することになります。会計上の扱いは税理士にご確認ください。
下請・一人親方の扱い
下請の「労働者」と「社長」は違う
元請が納める現場の労災保険は、下請に雇われている「労働者」が対象です。下請の社長や役員、家族従事者、一人親方は「労働者」ではないため、それぞれが特別加入していなければ、政府労災の補償を受けられません。
そのため、元請の労災だけでは、下請の社長や一人親方のけがは補償されない場面があります。上乗せ保険の補償対象に誰を含めるかは、契約ごとに確認が必要です。
建設業の一人親方は「特定フリーランス」ではありません
令和6年11月から、フリーランス向けの新しい特別加入(特定フリーランス事業)が始まりました。ただし、建設業の一人親方はこの対象外です。従来どおり、建設業の一人親方の特別加入団体から加入します。
入場の確認と偽装請負
国のガイドラインでは、元請は一人親方が「請負人」として入場するのか「雇用された労働者」として入場するのかを確認すべきとされています。実態は雇用なのに請負契約にしていると、偽装請負とみなされるおそれがあります。
特別加入の手続きや労働保険の手続きは、社会保険労務士または労働保険事務組合の業務です。当相談室では手続きは行わず、必要な場合は社会保険労務士や労働保険事務組合をご紹介します。
当相談室でお手伝いできること
当相談室は保険募集人として、今の契約の補償範囲の確認、上乗せ補償と使用者賠償の組み合わせ方、見積の比較をお手伝いします。特定の保険会社をおすすめするのではなく、共済も含めて比べます。経審の申請は、提携する建設業専門の行政書士が担当します。
よくある質問
Q. 政府労災に入っていれば、上乗せ保険は不要ですか?
政府労災は加入が義務の基本の補償です。上乗せ保険は任意ですが、休業の最初の3日間や慰謝料、会社への損害賠償など、政府労災で埋まらない部分があります。発注者の条件や経審の加点も踏まえて判断します。
Q. 使用者賠償責任保険だけで経審の加点になりますか?
経審の法定外労災の加点は、業務災害と通勤災害、下請の従業員、障害等級1〜7級の補償を求めています。使用者賠償だけの契約は、この要件とは別のものと考えるのが無難です。証券で確認してください。
Q. 一人親方に仕事を出すとき、何を確認すればよいですか?
建設業の一人親方の特別加入団体に加入しているかを確認します。あわせて、実態が雇用に近くないかも確認が必要です。判断に迷う場合は、社会保険労務士にご相談ください。
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出典
- 厚生労働省「建設業の労災保険」リーフレット
- 福井労働局「休業(補償)等給付」
- 大阪労働局「労災保険給付と損害賠償の調整」
- 厚生労働省「労災保険特別加入Q&A」
- 厚生労働省「特定フリーランス事業の特別加入」
- 国土交通省 事務連絡(令和6年11月6日、日建連掲載)
- 国土交通省「通常必要と認められる労務費を著しく下回るおそれのある取引事例集」(令和8年1月5日)
- 全国労災補償制度 パンフレット(2026年版)
- 商工会議所 業務災害補償制度 パンフレット
- 商工会議所 業務災害補償制度 パンフレット(別制度)
- 国土交通省「経営事項審査の事務取扱いについて」(京都府掲載)
記事は2026年11月時点の情報です。担当:保険募集人 櫻井高貴(行政書士・一級FP技能士)。運営者